RollingStones Page

 ここは、はっきり言って「贔屓の引き倒し」のページだ。
自分のHPを持っていれば、こういった好き勝手、暴挙ができるのだ。
どうだまいったか、ガハハ!いやなら帰れ。
いや、ちょっと待て、出だしだけでも読んでけ。

2003年3月10日、ついに実現した日本武道館コンサート(ド−ムじゃだめだったのだ)
その体験は並大抵のものではなった。完全にやられてしまったのだ。
いったいなぜなのか?

'60−'70年代、世界中のロックシーンはグラグラと沸騰していた。
光り輝くロックスターたちがぞろぞろいた。ジミヘン、ジャニス、クリーム、ビートルズ、ゼップ、ストーンズ・・・・。
その後、'80年代から現在に至るまで、ロックの世界はパンクブームを最後に衰退し、長い不毛時代が続いている(少なくとも私と同年代のファンは皆そう思っている)
かつてのスーパースターたちも輝きを失い、忘れ去られたり、年老いて引退したりしていた。
しかし、ある者はカムバックし、かつての栄光を再現しようとした。
でもほとんどそれは、かなわなかった。ただの懐メロバンドに成り下がってしまっていた。
でも、それは彼らのせいではなく、もう時代が違ったのだ。過ぎ去ってしまい、とうてい取り戻せないモノだったのだ。
その時代の波、パワーと、彼ら自身の才能がシンクロして初めてそれは輝いていたのだ。
もちろん、例外もある。今でもジミ、ジャニス等の真のスーパースターたちの輝きは失せてはいない。

今、彼らの古いアルバムをあらためて聞いてみると、なんとなくその普遍的価値がわかるような気がする。かつて名盤と呼ばれていたアルバムでも輝きを失ってしまったものも数多い。「永遠の〜」はちっとも永遠じゃなかったりして...。あっ失礼。


ストーンズの武道館を観た時、そこに在ったのは、かつての熱いロックシーンの感触だった。
キースのジャンピング・ジャック・フラッシュのリフが響いた瞬間、それを初めて聞いた時、鳥肌が立ったと同じ驚きと興奮があった。
それを感じることができたことは、やはりその時代を多少なりとも経験したこと、長年のファンであり続け、彼らの音を聞き続けていたこともあってのことなのだろう。
だから、あの場所にいたすべての世代のファンが同じ感動を共有できたとは思えない。
若い世代には、なぜ彼らの音が(年寄りなのに)カッコいいのか理解できずにいるのかもしれない。それはかなり痛快なことだな。

彼らの40年に思いを馳せれば、解散することも無く(危機は何度かあったようだけど)、数年毎にアルバムをリリースし続け、それぞれの時代に彼らなりの立場を提示し続けてきたこと(その時々には批判を受けたりしたが)、その時代の流れの中で、変わらず彼らが持ち続けることができたもの、その実績があってこそ今の彼らがあるのだ。

今回の武道館が大懐メロ大会にならなかったのは、決して偶然ではない。彼は自分たちのやり方を継続していたからこそ、生きた音が出せたのだ。そこが「かつてのスター」たちとの決定的な違いになったのだ。

イーグルスのロングラン発表後のライブアルバムがあれほど完璧な演奏だったのに、自分には何の感動も見出せなかったのはなぜだろうと、ずっと疑問だった。アドリブとか、インプロが無いせいかとも思っていた。しかし今思うに、彼らの音は生きていなかったのだ。
それは再結成した多くのバンドにもいえることだ。彼らは生きた音を取り戻すことができなかったのだ。
ストーンズは違った。ずっと長い間、時代に自分たちの存在を照らし合わせてきたからこそ、生きた音を、昔の曲であっても演奏することができたのだ。
それは彼らの長い歴史が、ただの成り行きまかせの旅ではなかったという証明だった。
自分は武道館で、その生証人になったのだ。
Rollingstonesこそ、ロック・サバイバーなのだ。

少しは理解してもらえたかな???
2003/03/31




ガキのころから最高にかっこよかった。

長い間、彼らにも僕らにもいろいろなことがあった。いい時も悪い時もあった。
彼らが年老いてきたと同じように僕らも歳をとった。
でも、思い出になってしまうことなく、いつでもストーンズはそこにいてくれた。
僕らよりちょっと先を歩いている。
そのグループ名が示すそのままが彼らなのだ。これは他の誰にも真似できない。
あの時代を風化させてしまわない、力強い存在。

「メインストリートのならず者」
やっぱり、これが一番好きかな。巷の評判は今ひとつなようだけれど。
まとまりという面では、いまいちなのかもしれない。
でも、ミックとキースがそのとき一番やりたかった音楽が「ぎゅっ」と詰まっている感じがする。
どの曲もよすぎるから、まとまらないんだ、きっと、うん。
「ダイスを転がせ」「ハッピー」の出だしリフはカッコよすぎ〜。
R・ジョンソン原曲「ストップ・ブレイキング・ダウン」のミック・テイラーのスライドは一番好きだ。このスライドは本当、空中を舞っているね。私には見えたのよ(@_@)、いやホント。
ミック・テイラーが脱退後、「ストーンズは僕の一番良い部分を引き出してくれた」
と言ったとか。そうかもしれない。こういう職人肌の人っているんだよね。
ジャケットも面白い。


「FORTY LICKS」
彼らの40年のキャリアをギュッと強引に2枚組みに押し込んだベストだ。こんなの出されたら、エアロスミスだって、「ごめんなさい」するしかない。
もちろん、自分の好きなたくさんの曲が外れている。それはしょうがない。
でもいくつか新曲も入っている。

当然、のっけっから最高にカクッイイのだ。40年なんてホント信じられない。
「たかがロクッン・ロール」といえるのは本当に彼らしか居ないのだけど、彼らほどずっとそこ、同じ場所から出ない、継続していて行き詰らないというのはなんということだろう。
表面的には時代の音を取り入れたり、セカンドギタリストが変わったりしながらも、ミック・ジャガーの歌も、キースの5弦ギターのリフもちっとも変わらない。
ビジネスライクだとか、巨大になりすぎたとか、いろいろ批判があるようだけれど、しょうがないんじゃない?
みんなが求めれば、彼らだって4人しかいないんだし、需要と供給のバランスでそうなるよ。

以前観た、エド・サリバンショーで、ミックはサティスファクションの歌詞をTV局の要求どおりごまかしたけど、ドアーズのジム・モリソンは無視して歌ってしまって2度とTVには出れなかったという話があった。
そういったミックのクレバーなところを、あれこれ言う人が居るけど、それは彼らのイメージを勝手に誤解しているのだ。彼らはR&Bをルーツにした単なるロックン・ロール・バンドなのであって、ドアーズの持っていた不良性とは方向が違う。「オルタモントの悲劇」だって彼らには何の関係もない。
そのクレバーさがなかったら、とっくの昔にストーンズは無くなっていただろう。
存在自体が現代の奇跡だし、歳をとったけど、いつまでも続けていてほしい。

ま〜だけど、キースの顔はますますフランケンシュタイン化が進行しているなぁ。


2003年3月10日武道館

地下鉄、九段下。チケットを求める人の声がする。Tシャツ売りも出てる。なぜか横アリのチケットを売る人も。
階段を上ると、チケットを求める声はだんだんと多くなってきた。
表に出ると、ものすごい人の波。だんだんと頭に血が上ってくる感じがする。
グッズ、肉まんを売る露天。武道館へ流れる人の波に向かってダフ屋がひっきりなしに声をかけてくる。

「あまったチケットないかー」「チケットあるよー」。無視して人の間をすり抜けて進む。
時計台へ向かえとアナウンスが響く。武道館の敷地内には公認のグッズ売り場がにぎわっていた。そんなものには目もくれず、入場口に向かう。いつもの手荷物チェックがある。カメラとか録音機のチェックだ。なぜか使い捨てカメラはいいらしい。自分も本当はカメラを隠し持っていたがバレず(でも撮らなかったけど)。今時は携帯にカメラがついているんだから、意味無いじゃんね。
あちゃ、双眼鏡を持ってくるのを忘れた(会場で売っているのを見て思い出した)。
入り口から場内が見えると一気に頭に血が上っていく感じがした。中に入るとなぜか白く煙っている。少しだけ香の匂いがする。ついに来たんだ。
席を確かめると、北西2階席のちょうど通路前の角。ステージが南を向いているから、お能で言えば、「脇正面」といったところ(あ、わからんね)。ステージを真横の上から見る感じ。まあ、悪くないか。
開演時間の7時まで手持ち無沙汰に過ごす。年配客が多いのかと思っていたが、若い人たちもたくさんいてちょっとうれしい。
しかし定刻になってもなかなか彼らは現れない。会場に響く古いR&Bの曲が一つ終わるたびに歓声が上がるが、また曲が始まりそれの繰り返しが続く。定刻を40分近く過ぎ、少しばかり待ちくたびれた頃、やっと開演のブザーがあり場内が暗転。
いきなりキースのジャンピング・ジャック・フラッシュのリフが響いた。
鳥肌が立ってきて頭の毛も総毛立ってるかんじ、涙が出てきた。
ミックが軽いステップで前に出てきて歌い始めた。ビデオで見ていたあの動きだ。
ミックは最強のアジテーターだ。彼にアジられたら、誰でも見境無く興奮してしまう。
ロニーのスライドギターも思ったとおり最高。チャーリーのシンプルなドラムもこれ以上は無い音だ。キースは相変わらず奇妙な動きだけど、そのリフはなんという切れなんだろう。
これ以上の組み合わせは無い!
ステッキー・フィンガーズ、メインストリートのならず者等の時代を中心に、古めの曲が多かった。
曲のイントロが聞こえるたびに、うれしさでジャンプして叫んでしまう。武道館だから音響は悪いし、どの音も壊れ気味だったけど全然OK。
どの曲だったか忘れたが、最高潮に達している後半、天井から赤い紙吹雪が舞ってきた。
そのほとんどが1階席の方にいってしまったので、定かではないが、たぶん「ベロマーク」の形だったんじゃないかな?拾ってくればよかった。
アンコールは、サティスファクション。「満足できない」で終わる?
再アンコールは無しで、無常にも会場の明かりが点いた。
新幹線の時間を気にしつつ即行で帰った...。

覚えている演奏曲は、以下の通り(いつも「アルバムを通し」で聴くので、あまり曲名にこだわっていず記憶違もありかも、それに帰りの車でも、興奮冷めずにフラッシュポイントやノーセキュリティーを聴きながら帰ったので、それらの曲と混同してるモノも若干ありかも)。順不同。
ジャンピング・ジャック・フラッシュ
ロックス・オフ
サッド・サッド・サッド
ロック・アンド・ハード・プレイス
ミス・ユー
ロック・ミー・ベイビー(BB.KING)
ダイスを転がせ
ブラウン・シュガー
スタート・ミー・アップ
ユー・ガット・ミー・ロッギング
イッツ・オンリー・ロックン・ロール
ルージング・マイ・タッチ
ラスト・タイム
スリープ・トゥナイト(?)
リスペクタブル(?)
リヴ・ウィズ・ミー
キャント・ユー・ヒア・ミー・ノッキング(長いインプロ)
ホンキー・トンク・ウーマン
サティスファクション
この他にも、キースの曲や、スローものが数曲あったが、曲名が出てこない。

コンサートを聴いたというのではなくて、「すごい体験」をしてしまったという感じ。
彼らは今もってサイコーのライブバンドだ。


レコードジャケット
みんな思っていることだろうけど、彼らのアルバムジャケットデザインには、まるで統一性がない。
それでなくても、何かポリシーの一つもあってもよさそうなものだのだけれど、それもどうやら見当たらない。
それでも初期の頃のジャケットをみると、皆そろってたりするだけで、つまらない中にもそれなりのものがあったが、ステッキー〜以降は良くも悪くもバラバラだ。
どうでもいいようにも思えるが、Yesのロジャー・ディーンのジャケット等を見ていると、なんかもうちょっと何とかならなかったものかと思うのだ。


解散しないバンド
たくさんのグループが栄枯盛衰を繰り返している。始めがあれば終わりがある。
あるバンドが大好きだったとしても、いつかは終わりがある不安が常に付きまとう。
ストーンズだって、そういった不安は常にある。でも今はまだ、彼らはストーンズのままだ。
もう40年になる。これが奇跡でなくて何なのだ。

かつてのスパースターたちも、今では無残にデブデブと年老いて、何を思ってか再結成コンサート等をやってみるものの、輝きは無くただの懐メロを演ずるに過ぎない。
無理もない。それはしかたのないことだ。
ファンにしても、自分の方がよっぽど変わってしまっているではないか。それを他人(バンド)に求められるものか?

けれども、武道館でのストーンズ体験はそんな不安を吹き飛ばすものだった(しつこいね)。
若い頃より更にカッコいいミックがそこにいた。

だから、解散なんてもうそんなレベルの低いことは考えないことにする。
素直に彼らのすべての時代を今を楽しめばいいと思う。

チャーリーが言っていた「なぜ、皆が僕らを愛してくれているのかわからないんだよ」
それには、笑ってしまうしかない。「なぜって、僕らもそれを聞きたいよ」理由なんかないのだから。
'03/05/11


BEING MICK DVD
題名が、BEING JOHN MALKOVICHと似てる。なった気になるという点では同じかな。
ミック・ジャガー氏のプライベート映像ふんだんという感じ。
スーパースターの生活、華やかな社交界、子煩悩なパパの一面が見れる。
自分ではボヘミアンなんて言っているけど、安定志向でクレバーでじゃなきゃ、こんなに長期間やってられないでしょ。ナチュラルな彼の仲間の様子もいい。

アーティストについては、とかくその実像について、あることないこといろいろ噂されるけれど、本当のところ、生活は極めてノーマルだったりするんじゃないだろうか。
とかく物事は外側からでないと冷静に見えなかったり、語ることができなかったりする。
でなかったら、とっくの昔に破滅してるよ。

キースもこういうの出してくれないかなー。
'03/05/12